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浅野せんとみんなの思い出物語ねえ、一緒に思い出の物語を書き込んでみませんか? 「文字で描く絵と音楽のアルバム」 |
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June 14 奇跡。 「今日も私たちに奇跡が起きたのよ。」
「そう?どんな奇跡だろう?」
「何だと思う?」
「分からないなあ」
「今日も、目覚めたこと。」
そして、そのおじいさんが微笑みながら去りました。
これは昨日のちょっとした出来事です。見知らぬあるおじいさんと交わした会話の一部です。
なんて美しい言葉でしょう。そしてなんて意味深い響きでしょう。
「奇跡は目覚めること」
若いと思い、毎日起きるのが当たり前のように思う自分にとって、目覚めることはただ毎日繰りかせされていることだけです。しかし、こんな簡単で当たり前のようなことでも、本当は奇跡なんでしょう。なぜかというと、今日も呼吸をしながら、朝の光を迎えることができました。深い眠りから、心臓の叫びを聞いて、私たちは目覚めたからです。この命は、いつ尽きるのかは誰にも分からない。若いからといって、いつなのか誰も予測できない。毎分毎秒にも、危険が潜んでいます。
だから、どうしてこれを奇跡のように思わなかったのでしょう?
脳から伝わってきた信号を受けて自然に目をあけたとずっと思っていました。そしてずっとその瞬間をちゃんと味わわなくて無視してきました。
ただ目を開けるほど簡単な動作なのに、
奇跡の幸せが溢れています。
だって、今日も生きているもの。 June 06 あの歌ーlingering ghostly in my precious memory of her14歳の記憶をよみがえらせてくれる小さな歌がある。枕の元でその歌を静に聞いていた。まだ 朝の日差しは柔らかく窓から差し込んできた頃のことであった。 「歌を、空を、見上げて。。」 歌詞に私は再び心を乗せた。そしたら、 あの坂、 あの声、 あの笑顔がまた瞳の奥によみがえられた。 ただ、涙でにじんでいる瞳に映したので、あの姿は少し幻のように感じた。あんなに生き生きして、私のそばに存在したのに。。。 14歳のとき、私はもっとも大事な人に出会った。 一生の大切な友にであったのだ。 すべてが記憶になってしまった今だとしても、私はあの二年間ぐらい彼女と暮らしてきた日々をけっして忘れることはなかった。忘れてはいけないのだ。たとえ、思い出すたびに懐かしくて悲しい涙が浮かんでくるとしても。
幼くて小さな二人の影は、喜びに包まれたままに坂を走っていた。二人は走りながら、ある曲を歌っていた。まだ曲の言葉を完全に発音もできなかった二人は、お互いのことを笑いながら、歌声を空に響かせていた。 「生まれた町で夢を見てきた 挫けるたびに思い出す あの歌のように今できることは 少しでも前に踏み出すこと。。。」 思い出の中の彼女は、 いつも思いやりのいい子だった。 しかし、少し頑固なところがあって、時々口喧嘩した覚えがある。 私たち二人とも頑固だから、口喧嘩の後、相手が「ごめんなさい」を言いに来るのを待った。 さあ、どうして口喧嘩の後に二人の関係は元通りになったのか、今はもう覚えていない。 ただ、、二三日相手のことを避ける日が続いたら、いつの間にかまた話すようになったことだけが記憶の中に残っている。
彼女は転校生だった。 私が13歳のときに学校に転校してきた女の子であった。 目立たない彼女は、いつも一人で、、、不思議な感じがした。 そしてある日、私は不意に彼女が好きなものを発見できた。 それは私たちを繋いでくれる共通する趣味であった。 アニメだった。 お互い、アニメが大好きで一緒に語ることが一番の楽しみだった。 どうしたら始まったのか。。今はもう知らなくなった。 ただ、何気なく一緒に話して、何気なく一緒に教室に戻り、何気なく一緒に学校を出て、何気なく、、いつの間にか、掛け替えのない私の友人に彼女はなった。 友達はたくさんいたものの、私に初めて親友の意味を教えてくれたのは彼女だった。 そして今になって、もう彼女のような単純な友達はできないとわかった。 二年間は早かった。 その楽しい二年間は海の波みたいに、岸に着くなり、消えてしまった。 私は、 遠い国に行かなければならなくなってしまったからだ。 どうして、彼女が友人になったときに離れなければならなかったか、いつもいつも涙ながら思っていた。小学校6年間も一緒にいてくれた友達はいたのに、どうして彼女との時に限って? 私は何度も「さよなら」を言った。 そして何度も言うたびに泣きそうになった。 何事にも支えてくれた彼女に、その時も相変わらずに支えてくれた。 私を友達のように思ってくれたかを疑いたくなるほど彼女は明るい笑顔を見せてくれた。 泣いてはいけなかった。 もし、あの時泣いたら、遠い国に出会ったさまざまな悲しみできっと私は小さな滝を作ってしまうと思った。 遠い国に行く。 それは当時、想像もつかなかったことだった。 言葉や、文化や、生活まで一から全部やり直すだけの覚悟を決めた。 そして、 友達も。。。 一からなんて嫌だ!だって、彼女はそこに存在しないわ。 私の心は彼女の替わりになってくれる人を拒んでいた。 だって、大切な大切な友人は彼女しかいないもの。 私の心の中に、彼女の位置が決まっているもの。 だから、その「遠い国」に来た日に決めたのだ。 孤独であっても、絶対に親友は作らない。彼女の座は誰にも譲らない、と。 それは15歳になったばかりの日の小さな決意であった。
こうして私のこの「遠い国」の生活はもう4年が過ぎている。 暗闇に落ちたと感じた日々もあって、太陽の光に照らされていると感じる日々もあった。 思い出もたくさんたくさん作っているはずだけど、 なぜか、彼女とのあの短い二年間ほど鮮明なのはなかった。
日本語を勉強し始め、そして勉強し続けるきっかけになってくれたのは、彼女であった。彼女から一緒に勉強しようと誘われたからだった。そして、外国にいって向こうで勉強をしている彼女のことを思い出して一生懸命に私もがんばらないといけないと思った。
「大好きだったあの歌 古いテープの中 小さな傷色褪せたタイトル 滲んだ夜明け そしてまた今日が来る 夏の風をつれて なれてゆく日々の片隅でふと 孤独にであう 。。。」 May 19 no title 。。。ぼんやりと空ばかりを見た。まるで浅い海のような青さを帯びた空は毎日、太陽の光を反射していた。悩みという言葉は存在しなかったように、朝起きてから元気いっぱいで、もう目を開けた瞬間から、一日の予定を心の中で何べんも何べんもリハーサルした。ふんわりとした頬の中に薄いピンクの色が染まり始めた。。。
。。。傘を持たずに外を出た。毎日降る灰色の雨になれてき、その新鮮な匂いが恋しくなった。体も心も静かで優雅な花びらのように空から舞い降りてくる滴にゆっくりと濡れていった。空は静けさに包まれるのを感じながら、体は徐々に冷たくなった。何もかも感じ取れないほど凍っていった。まるで、涙のような滴と体は一体になったかのように、地面に触れば、打ち砕かれて消えていった。光に浴びられたら、体すべてが残らずに消されてしまいそうな気がしてたまらないので、だんだん、服を引っ張る手に力を強めた。。。
。。。光と暗闇は共存できる。このことを空に教えられた。美しくて儚い七つの色でできている橋を見上げれば、すぐ頬に冷たい何か流れているものを感じる。塩辛い涙の味ではなく、森や海の苦い味である。一瞬、顔がきらきらしたように見えた。顔は木漏れ日にあたれば、輝かせた。周りの滴は紫色の妖精になり、心地よく踊るのを見た。光が暗闇にのみ込まれ、そして、暗闇が光に照らされるように、「外」の輝きは「内」の暗闇を隠している。。。
ーピンク
ー灰色
ー紫 May 07 探し物。 探し物は、それを産み出したところに限ると断言できる?
ますます、不安になってきた。
だって、そのにはない可能性があることに気づき始めたのだ。
私が探しているものは現実ではない。
けれど、現実化にして、私は「それ」を見つけようとしている。
小さい頃からあった夢だった。
その時はまだ、幼くて夢の中にはまだFantasyが出てくる年頃だった。
だからそのとき、自分をだますのに簡単だった。
そして、
一つの目標にむけて、がんばった。 この目標が達せるかどうかは「探し物」を見つけられる可能性に賭けた。
何年がすぎて今になって、それを達したのだ。
だけど、探し物は依然として、分からないまま。
旅のようだわ。
永遠に続く届かない夢のための旅。
それでも、自分をだまし続けるのかしら。
現実をもし非現実にできないなら、
がんばってもがんばっても、髪の毛が真っ白になっても、探すかしら。
多分、その時は心だけ探すことになるだろう。
体はもう、現実になりきったに違いないから。
未来は見えないから、不安を感じる。
もし、神様がいるなら、これがとてもとても酷い悪戯だと私は思う。
April 28 ビンの中のテントウムシガラスのビンのテントウムシはどんな思いをしてビンの中を飛び回っていたかのをよく想像してみた。いろいろなところに連れてもらったり、いろいろなものを見せてもらったりして、きっとなんとも言えないほどの嬉しさに満ちていたと、幼い頃の私が思ったのだ。でも、いつか私は彼らになってしまうとは、当時の私は思いもせずにずっとずっと、精一杯飛ぼうとした彼らを見つめていた。 「彼らは必死に出口を探していた」と、このことをやっと分かったときは自分はもう彼らの一員になってしまった。背後には彼らのような透明な軽い翼はないが、私には透明なビンがあった。たった一つ違ったことがあると言えば、それは、私の「ビン」は彼らのビンと比べられないほど広かったこと。しかし、それでも、彼らの必死な姿を見るたびに羨ましい気持ちになっていった。私には、ビンの中で抵抗する力すらなかったからだ。 白衣の人たちから聞いたけれど、私の心臓は生まれながらによくなかったらしい。そのせいで、母は私を生んだ後、一年もしないうちに、心臓の病気で亡くなった。もし、私の面倒を見てくれたばあちゃんがいなかったら、私はこうして、弱弱しくも、息をすることはできなかった、と。 でも、今は大きさがさまざまな透明のチューブでこうして命を毎日延びている自分が嫌いなのだ。まるで飛ぶことをやめたテントウムシのように何れ来る運命の日を待つしか知らないようだからだった。 「彼らはビンの中に閉じこまれても、翼を素早く振り立てて、弱い光の線に追いかけながらガラスにぶっつけた。でも、どんなにビンの中で痛そうな音を立てても、彼らは諦めなかった。」 もし、私には翼があったら、彼らのように飛べたのだろうか。見えない壁にぶっつかっても、彼らみたいに諦めないのだろう。でも、私には見えない壁だけではなく、釘のように私の体を留めたチューブがあるのだ。そして、その中を流れるものは、私の命同様で、この命の光を灯し続けさせた大事な白い液体だった。手を伸ばせば、私はいつも永遠に届かない雲に触りたくなる。ビンの中のテントウムシたちも同じ思いだろう。空を昔、そんなに身近く感じた思い出を持ちながら… 私のビンは私が寝ている床なのだ。確かに体積で見れば、何倍もガラスのビンより広いけれど、実際に体を動かせる空間は、テントウムシが「自由」にビンの中を飛ぶの10%にも及ばないだろう。 「痛くないだろうか、彼らは出口を探すのに何千回も、何万回もガラスのビンから出ようとしたのだ。」「痛い。痛いに決まっている。」頭の中にはまるで二人の私がいて口論していた。本当は私も、とても痛いのだ。鋭い針に体が刺されたからではなく、真紅の血が取り出されたからでもなく、手術の道具で体の中をモニターで映されたからでもない。体の痛みではないのだ。私は、心が痛かった。そう、病気の痛みと、自分がビンから出られないテントウムシになりきった痛みが混ざっていた。 「私はビンの中のテントウムシじゃないのに、 テントウムシのようにも行かないんだ。」 彼らみたいに精一杯逃げようとしたら、私はどんな自分になれたのだろう。 でも、 怖がっていた。 とても怖くて、涙が切られた真珠のネックレスのようにぼろぼろ流れ落ちてきた。 心の痛みに一度触れたら、涙が流れてくる。そして、塩の味のする涙を止めるには痛みより何十倍も勝る幸せが必要なのだ。でも、私には幸せな瞬間を一つも思い浮かべなかった。 テントウムシにはない私にはある痛々しい事実があるのだ。そして私はそれを十分に分かっている。私は「ビン」がなくてはならないのだ。もしそれがなかったら、私は空を見上げることさえできなかっただろう。 テントウムシはビンがあるからこそ、命が縮まる。私は、その逆なのだ。 私は、彼らの逆 なのだ… |
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